ソウルの都市再生事業

今回訪れたソウルの街を地図にマーキングしてみると、古くから都の中心であった漢江の北側に集中している。この地図は山手線がちょうど入るくらいのサイズであり、ソウルの中心都市は巨大で全体を短期間で把握することは困難だが、今回訪れた幾つかの場所の中でダイナミックな都市再生事業はとても印象深いものだった。

2018年にソウルはリー・ クアンユー世界都市賞を受賞した。この賞は2010年にシンガポールの準政府機関が新設し、暮らしやすく持続可能な都市づくりを推進する都市に対して、2年ごとに賞が与えらているものである。ビルバオ(2010)、ニューヨーク(2012)、蘇州(2014)、メデジン(2016)に次ぐ受賞で、2018年は東京を抑えての受賞だった。歩道再生、歴史文化再生、産業再生など市民参加により推進された都心再生事業が高い評価を受けたとされている。
https://japanese.joins.com/article/027/243027.html

ソウル路7017
https://cahierdeseoul.com/ko/seoul-highway/

「ソウル路7017」はソウル駅の上空を跨いで東西を横断する高架道路を遊歩道へとリニューアルした再生プロジェクトである。元々1970年に完成した高架道路を2017年に公園としてオープンしたことから7017という名前が付けられた。
ニューヨークのハイラインパークを参考にソウル市長が歩道としての再生を提案し実現したものだが、ハイラインと7017は少し事情が違う。ニューヨークの場合は貨物輸送の線路としての役割が終わり閉鎖が決まっていたものを景観として残したいと主張する市民運動が立ち上がり、多くの議論を重ね10年を経て再生されたものである。一方ソウルの場合は車用道路が構造的に安全上の支障があるとし一度は使用禁止の判断をされ車道としての建替を考えられていたものをリニューアルして歩道にした経緯がある。ソウル市長の決断から3年余りでオープンさせたそのスピードは驚くべきもので、韓国の政治権限の強さを感じさせる。しかし、新設の高架道路を作らなかったため、駅の東西を繋ぐ交通や商圏の分断や駅前の渋滞の深刻さが議論の的になり、経済や効率といった面では後退したととらえられているようだ。
https://namu.wiki/w/%EC%84%9C%EC%9A%B8%EB%A1%9C%207017
この公園の設計者であるMVRDVのWiny Maasは地域住民のために「空中の樹木園」を作るという提案でこの国際コンペに当選者した。全長1kmに渡る空中歩道に254種類のソウルの固有種を植え、都市の中心を回遊できるこの場所を緑地帯として変革する提案をし、それは環境・教育に寄与する生産的なプロジェクトとして価値があるとの主張が受け入れられた。
http://news.chosun.com/site/data/html_dir/2017/05/25/2017052502317.html
都市インフラとして効率面での後退と引き換えに、都市の中心の景観やあり方を大きく変える世界でも類を見ない挑戦として、樹木の成長とともに変化する都市の様相に、継続的に注目を集める場所となりそうである。

旧ソウル駅(文化駅ソウル284)

この駅舎は1925年に竣工した京城駅で、駅舎の意匠はヨーロッパに範をとったためアムステルダム駅や東京駅に似ている。当時、東洋において東京駅に次ぐ第2の規模の駅舎で、塚本靖氏の設計で清水建設が施工したとある。東京駅より小ぶりで全体のプロポーションと円形屋根が美しい建物である。2003年に駅舎としての役割を終え、2011年に「文化駅ソウル284」という複合文化空間としてオープンし、モダンな建物が多い周辺環境の中で異彩を放っている。

引用元_Jooseob Kim

京畿道スッキル公園
https://www.gyeonguiline.org/about

100年前に使われていた鉄道が地下化したため公園として再生したプロジェクト。8万㎥の跡地を鉄道施設公団から50年無償でソウル市が借り、6.3kmの長さの公園として生まれ変わっている。スッキルというのは森の道という意味らしく、ニューヨークのセントラパークのように森のような公園を目指したようである。人工地盤ではありながらも、地下鉄が十分深いところにあり、15mを超える木々が植わっている。弘大地区を1kmほど散歩したが、周辺にカフェやレストランが並び若者や家族連れが憩う都市公園である。仮に6.3kmを福岡の街に置き換えてみると、箱崎から大濠公園くらいまでが6km弱、大橋から天神が4kmである。この規模の公園が突如として現れた都心の生活へのインパクトとは如何ばかりかと想像してみるのは楽しい。ソウルの都市再生はこのような無償の借地や米軍からの返還などで大規模な空地が忽然と表れ、その地を公園など市民が利用できる場所に変換され、街の風景だけでなく、生活のスタイルまでも急激に変化していくというダイナミズムを特徴としている。

散歩の途中でCoffee Nap Roastersという店に入りました。
https://www.archdaily.com/902706/coffee-nap-roasters-2nd-design-studio-maoom
店の真ん中に盛り上がったレンガの山に座って飲む変わったスタイルのカフェです。かなり美味しい本格コーヒーでした。

文化備蓄基地
http://japanese.seoul.go.kr/%E6%96%87%E5%8C%96%E5%82%99%E8%93%84%E5%9F%BA%E5%9C%B0/

石油タンクの備蓄倉庫があったエリアを改装し、石油タンクに文化を盛り込むという意味を込めて文化備蓄基地と名付けられた地区。
1973年のオイルショックを契機にソウル市民の消費を一ヶ月賄うためにこの石油備蓄基地ができる。ソウルの中心からそれほど離れてはいないが、石油備蓄の時代は一般人の接近を徹底的に統制していたようだが、2002年サッカーW杯の競技場を隣接させるために閉鎖した。その後、市民からのアイデア公募を行い、2017年に文化施設として生まれ変わって市民に開放されている。この複合文化施設は14万㎡の敷地を広場や公園として整備し4つのタンクは会議場、ギャラリー、カフェ、コミュニティセンターなどに利用されている。

国立中央博物館
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9F%93%E5%9B%BD%E5%9B%BD%E7%AB%8B%E4%B8%AD%E5%A4%AE%E5%8D%9A%E7%89%A9%E9%A4%A8

1909年の発足から何度も移転を繰り返し2005年に現在の場所に移転されたものである。龍山米軍基地のゴルフ場が返還された跡地利用として国立中央博物館を建てることになった。1995年に公募したこのコンペは韓国にとって国際建築家連盟(UIA)公認を受けた最初の国際コンペティションで、なんと59カ国で854チームが参加した。ピーターアイゼンマン、フィリップ・ジョンソンも参加したコンペだったようで、最優秀はソウルのジョンリム建築で次点はクリスチャンドポルザンパルクという結果だった。9万坪の敷地内に全長が400m最高高さ43mのこの巨大な建築の延床面積4万坪はアジアで最も巨大で世界でも有数の規模である。この建築のコンペでは韓国の将来を牽引する建築スタイルを望まれ、当時の建築界は革新的な案を希望していたと批評されている。
http://www.kyosu.net/news/articleView.html?idxno=7856
しかし、ダイナミックではあるがオーソドックスで合理的な案で決着している。一方ポルザンパルクの案は敷地全体を壁で囲った案だったが、こちらの方がより革新的との評価があるようだ。(私的には中国の中庭形式に由来する古典的な案に見える) 文化芸術としては革新を望んでいるけれども、あまりに重要な国家的なプロジェクトであるために壮大さを表現した案の方が当時としては審査員も選択しやすかったのではないかとも思うが、当選案の土地の背景への理解も優位性を手伝ったと思われる。博物館の北側には南山がある。そして南山の手前にある龍山地区は長期にわたり中国・日本・米国の支配を受けてきたが、このほど100年ぶりに土地の返還が決定した。この広大な土地がソウルに戻り巨大プロジェクトが次々の続いていく予定になっている。このジョンリム建築の大陸的な巨大ゲートは南山の景色を大きく切り取り南北の地域を繋げている。大きな壁で景色を分断してしまう懸念を払拭し、地域の価値観を理解したことも重要なポイントであったように感じた。

他にも元大統領の李明博がソウル市長の時に行った清渓川再生プロジェクトなど今回行けなかった再生事業もある。7017の設計者のWiny Maasはインタビューで決まったことを推進しようとするソウルでのスピードは驚くべきものだったとコメントした。これらの都市再生のダイナミックな挑戦は政治のリーダーシップの強さがその背景にある。

引用元
https://tabinaka.co.jp/magazine/articles/50510

引用元http://www.kyosu.net/news/articleView.html?idxno=7856

引用元http://www.kyosu.net/news/articleView.html?idxno=7856

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